【2025年版】のれんとは?M&A・事業承継における基礎知識と最新会計基準動向

2025年現在、日本における「のれん」償却の会計基準見直しが大きな注目を集めています。
M&A・事業承継を検討している企業オーナーの方にとって、「のれん」の会計処理は企業価値評価や取引後の財務に大きな影響を与えるため、正確な知識が不可欠です。
本記事では、のれんの基本的な仕組みや会計処理方法から、現在進行中の制度見直し動向、中小企業M&Aにおける実務的なポイントまで、公式情報や最新データを交えて解説します。
【記事提供:株式会社たすきコンサルティング】
中小企業の事業承継を支援するM&A仲介会社であり、約20年の財務コンサルティング実績を有する。公認会計士や税理士、中小企業診断士などの専門家が在籍し、全国規模で中小企業のM&Aをサポートしております。
※中小企業庁「M&A支援機関登録制度」登録済み
※一般社団法人「M&A支援機関協会」登録済み
目次
のれんとは?
「のれん」とは、企業買収(M&A)時に発生する無形資産のひとつです。
具体的には、買収価格が被買収企業の純資産(帳簿上の資産-負債)を上回る場合に、その差額が「のれん」として計上されます。
【例】
内容 | 金額 |
買収価格 | 10億円 |
被買収企業の純資産額 | 7億円 |
のれん | 3億円 |
この「のれん」は、ブランド力、営業力、顧客基盤、技術力、従業員スキルなど、目に見えない企業価値を反映しています。
のれんの会計処理(現行ルールと国際比較)
■ 日本基準(現行)
日本の企業会計基準では、のれんは最大20年以内の定額法で償却されます。
→ 毎年一定額を費用化し、利益を圧縮。
■ 国際会計基準(IFRS)
IFRSでは、償却は行わず「減損テスト」により価値低下の有無を確認する方式です。
→ 減損が確認された場合にのみ損失計上。
■ 違いまとめ
項目 | 日本基準 | IFRS |
償却 | あり(定額法など) | なし |
減損テスト | 任意 | 必須(毎年) |
財務の安定性 | 平準化されやすい | 大きな利益変動の可能性 |
日本で進む「のれん償却」見直しの最新動向
2025年5月30日、経済同友会、新経済連盟、日本ベンチャーキャピタル協会など民間13団体をはじめ、スタートアップ有志35社、企業経営者有志138人が、財務会計基準機構(FASF)に対して「のれん」の会計ルール見直しを求める提案を提出しました。
【現行の日本基準】
日本会計基準では、M&Aにより生じた「のれん」は原則20年以内に定期償却する方式が採用されています。
→ 償却費は 営業利益を圧迫するため、特に 成長企業・スタートアップにおけるM&A活性化の阻害要因になる、との問題意識が提起されています。
【今回の提案の内容】
① のれんの償却だけでなく、非償却も認める「選択制」の導入
👉 2027年度までに結論を求める
② のれん償却費を「営業費用」ではなく「営業外費用」または「特別損失」として計上する
👉 2026年度までに結論を求める
【国際基準との違い】
会計基準 | のれんの取扱い |
日本基準 | 原則20年以内に定期償却+減損 |
IFRS / 米国基準 | 償却不要/毎年1回以上の減損テスト必須 |
→ 日本では、償却による利益の安定性確保が特徴
→ IFRS・米国基準は減損方式だが、突然の巨額減損リスクがある
【政府の方針】
- 規制改革推進会議(2025年5月28日 答申)でも、今回の問題意識を認識
- FASFへの提案内容を「フォローする」方針を明記
- ASBJでスタートアップ関係者の意見が十分反映されることを求めている
【今後の見通し(2025年6月時点)】
- 2025年7月 FASF諮問会議 → 2025年度内にASBJが検討開始の可否判断
- 仮に検討入りすれば、2026〜2027年度に段階的な結論が出る見通し
このように、のれん償却ルールの見直しは現在まさに議論が本格化する段階にあります。
特に M&Aによる事業承継を考える中小企業オーナーの方々にとっても重要な動きです。
「のれん」償却ルールが変わると、企業価値評価・税務・金融調達面に影響が出る可能性があるため、
今後の動向を注意深く見守ることが推奨されます。
M&A・事業承継における「のれん」の実務的な影響
① 財務諸表(決算)への影響
【貸借対照表(B/S)】
- 「のれん」は資産として計上
→ M&A後のバランスシートに「のれん」が載る形になる
M&Aや事業承継によって発生した「のれん」は、まず財務諸表に直接影響を及ぼします。
具体的には、貸借対照表(B/S)において「のれん」は資産として計上されます。つまり、M&A後には、買収側企業のバランスシートに「のれん」という項目が資産として加わりますので、企業の総資産が増加する形になります。
【損益計算書(P/L)】
- 日本基準では 毎年一定額を「償却費」として費用計上
→ 営業利益が圧迫される(利益が減少して見える) - 償却費は現金支出は伴わないものの、見かけ上の利益水準に影響
損益計算書(P/L)においては、のれんは毎年一定額ずつ「償却費」として費用計上されます。
この費用は実際の現金の支出を伴うものではありませんが、営業利益が圧迫されるため、見た目の利益水準に影響することになります。そのため、M&A後の利益計画や経営指標を考える際には、この償却費の存在をしっかりと考慮しておくことが必要です。
② 企業価値評価への影響
- 「のれん」を含めた価格(企業価値)でM&Aが成立するため、買収価格の妥当性判断に関わる
- 売却側(譲渡企業)にとっては、のれんがどの程度発生するかが価格交渉の要素になる
M&Aや事業承継の場面では、企業価値(買収価格)の算定において「のれん」は重要な役割を果たします。
取引の際には、のれんを含めた全体の価格で買収交渉が行われます。
譲受側(買収側)の企業は、のれんがどの程度発生するのか、その金額が妥当であるかを慎重に評価する必要があります。
一方、譲渡側(売却側)の企業は、のれんの金額が企業価値にどのような影響を与えるかを理解したうえで、価格交渉や売却条件の調整に活用することができます。
③ 税務面での影響
- 償却費用が損金算入できる(法人税計算上、課税所得が減る効果)
⇒ 節税効果が得られる反面、税務調整が必要になる場合もあり - 将来的な減損リスク(例:業績悪化時)は、税務上の扱いが複雑になることも
税務の観点から見ても、「のれん」は重要なポイントとなります。
日本の税務上は、のれんの償却費用を法人税の損金(費用)として計上することができます。
その結果、課税所得が減少するため、法人税の負担が軽減される、いわゆる節税効果が期待できます。
ただし、税務申告の際には、のれん償却の取扱いや税務調整が必要になる場合があります。
さらに、仮に将来的に企業の業績が悪化して「のれん」の減損処理が必要になった場合には、その際の税務処理も慎重に行う必要があります。
こうした点を踏まえて、税理士などの税務専門家と密に連携し、M&A前後の税務対応を計画的に進めていくことが重要です。
④ 金融機関との関係(資金調達)
- 銀行融資の際、のれん残高が大きいと財務健全性を慎重に見られる場合がある
- 特に 中小企業の事業承継M&Aでは金融機関の理解が重要
⇒事前に「のれんの償却計画」や「利益予測」を金融機関と共有しておくことが大切
M&Aや事業承継後の資金調達や金融機関との関係にも、「のれん」は影響を及ぼします。
金融機関が融資審査を行う際、のれんの残高が大きい場合には、企業の財務健全性や返済能力について慎重に評価されることがあります。
特に中小企業の事業承継M&Aの場合は、金融機関との関係性が非常に重要です。
そのため、事前に「のれん」の償却計画や、M&A後の利益予測や資金繰り計画などをしっかりと金融機関に説明し、理解を得ておくことが求められます。
【ポイント】
影響項目 | 内容 |
企業価値評価 | 「のれん」を含めた企業価値算定が必要 |
税務影響 | 償却費用が損金算入可否に関与(法人税法) |
資金調達 | 金融機関の融資審査で影響を受ける場合あり |
日本企業の「のれん」発生M&A事例
■ 株式会社エフ・コードによる「sinclo」事業の譲受(2022年)
・譲受企業:株式会社エフ・コード
・譲渡企業:メディアリンク株式会社
・M&Aの内容:SaaS型ウェブチャットシステム「sinclo」事業の譲受
≪概要≫
株式会社エフ・コードは、ウェブサイト改善やマーケティング支援事業を展開している企業です。
今回、メディアリンク株式会社が運営していた チャットシステム「sinclo」事業を譲受(M&A)することで、自社サービスのラインナップ拡充と、顧客データの質・量の向上を目指しています。
この取引では「sinclo」ブランドの価値=のれんが評価され、将来の成長期待が企業価値に反映されました。
【出典:株式会社エフ・コード│公式プレスリリース】
■ パナソニック ホールディングス株式会社による Blue Yonder 買収(2021年)
・譲受企業:パナソニック ホールディングス株式会社
・譲渡企業:Blue Yonder(米国サプライチェーンマネジメントソフトウェア企業)
・M&Aの内容:Blue Yonder の全株式取得(完全子会社化)
≪概要≫
パナソニック ホールディングス株式会社は、デジタル・サプライチェーン分野の競争力強化を目的として、米国の先端ソフトウェア企業である Blue Yonder を完全子会社化しました。
今回の買収は、パナソニックグループ全体の DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略の中核を担うものと位置づけられています。
買収総額は 約7,000億円 であり、そのうち 約3,000億円が「のれん」として計上されました。
Blue Yonder が持つブランド力、先進技術、顧客基盤といった目に見えない価値(のれん)が、今後の成長ドライバーとして大きな期待を集めています。
【出典:パナソニック株式会社│公式プレスリリース】
■ ソニーグループ株式会社による Crunchyroll 買収(2021年)
・譲受企業:ソニーグループ株式会社(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント Inc. 傘下)
・譲渡企業:AT&T Inc. 傘下の WarnerMedia(Crunchyroll事業)
・M&Aの内容:アニメ配信サービス「Crunchyroll」の全株式取得
≪概要≫
ソニーグループ株式会社は、グローバルなアニメ事業のさらなる拡大を目的として、米国の大手アニメ配信サービス「Crunchyroll」の買収を実施しました。
今回の買収は、アニメというIP(知的財産)ビジネスの強化と、世界的なファンベースの構築を戦略の柱としています。
買収総額は未公表ですが、取引後の財務報告において のれんを含む多額の無形資産が計上されています。
Crunchyrollのブランド価値、グローバル配信基盤、顧客基盤が、ソニーグループのエンタテインメント戦略の中核資産として高く評価され、のれんとして財務諸表に反映されています。
■ 明治ホールディングス株式会社による 化学及血清療法研究所(化血研)の子会社化(2017年)
・譲受企業:明治ホールディングス株式会社(医薬品事業子会社:Meiji Seika ファルマ株式会社)
・譲渡企業:一般財団法人 化学及血清療法研究所(化血研)
・M&Aの内容:化血研の事業を承継する新会社の全株式取得(子会社化)
≪概要≫
明治ホールディングス株式会社は、感染症予防・治療分野の強化と、医薬品事業の中長期的な成長を目指し、化血研の事業承継型M&Aを実施しました。
化血研は、日本国内で長年にわたり ワクチン・血漿分画製剤の開発・製造を手がけてきた有力機関であり、同分野の 高い技術力や知見は明治グループにとって重要な戦略資産と位置付けられています。
買収に伴い、化血研が培ってきたブランド価値、研究開発力、製造ノウハウといった「のれん」が企業価値に反映されました。
今後、明治グループの 医薬品事業とのシナジー強化が期待されています。
【出典:明治HDなど、化血研のワクチン事業などの新会社を連結子会社化することを決議│日本経済新聞】
中小企業M&A・事業承継における「のれん償却」見直しの影響
【譲受側(買収側)への影響】
買収側の企業では、M&A後の利益計画や財務計画において「のれん償却」の影響をしっかりと考慮する必要があります。
現行ルールの下では、のれん償却費を毎期の利益計画に織り込むことが求められます。
償却費は現金支出を伴わないものの、損益計算書(P/L)の営業利益に影響を及ぼすため、事前に利益圧縮の影響を見越した計画を立てておくことが重要です。
また、銀行融資を活用する場合には、金融機関が融資審査時に企業の財務健全性を評価しますが、のれん償却費の存在が財務指標(特に利益水準)に影響を与えるケースがあります。
そのため、銀行との事前の協議や財務説明において、のれん償却の影響を適切に説明し、理解を得ておくことが資金調達の円滑化につながります。
【譲渡側(売却側)への影響】
売却側の企業にとっても、のれん償却ルールは企業価値評価や交渉戦略に影響します。
買収側は、のれん償却による将来的な利益圧迫リスクを考慮して、企業価値評価時に「のれん償却の影響」を含めた形で価格交渉を行うことが一般的です。
その結果、譲渡側は、のれん償却の見通しを踏まえて、より戦略的に交渉を進める必要があります。
また、買収側にとって、償却ルールの柔軟性(例:償却不要の選択肢導入など)が広がれば、将来的な利益予測が安定しやすくなるため、M&Aへの意欲が高まりやすくなります。
その結果、売却価格や評価額にもプラスの影響を与える可能性があります。
M&A仲介現場からの実務アドバイス
「のれん償却」のルール見直しが議論されている今、M&Aや事業承継を進める際には、会計・税務・金融面の影響を的確に把握したうえで、戦略的に準備を進めることが重要です。
ここでは、M&A仲介の現場から見た実務的なアドバイスをご紹介いたします。
■ 会計・税務専門家との連携が必須
まず、会計士や税理士など専門家との連携は不可欠です。
現在進行中の法改正動向を正確に把握したうえで、企業価値評価(バリュエーション)の見直しや交渉戦略を立てることが求められます。
のれん償却ルールが変更されれば、企業価値や買収価格に対する見方が変化する可能性があるため、専門家の助言を得ながら柔軟な対応を行うことが大切です。
また、クロージング(契約締結・取引完了)後の償却計画についても、適切なシミュレーションと計画策定が必要です。
買収後にどのように償却を進めていくかは、利益計画や税務申告、資金繰りに直結するため、早い段階から方針を固めておくことが望まれます。
■ 金融機関との調整も重要
さらに、金融機関との事前調整も非常に重要なポイントとなります。
のれん償却費用が利益に与える影響について、借入金利条件や借入枠の交渉時に説明が求められるケースが増えてきています。
金融機関側もM&Aによる事業承継には積極的な姿勢を示していますが、財務面の透明性が確保されていることは信用評価において重視されます。
そのため、事前にのれん償却の影響を織り込んだ財務計画を作成し、金融機関にしっかりと説明・共有することで、よりスムーズな融資交渉や条件整備につながります。
まとめ|「のれん」を正しく理解して、M&A・事業承継を
現在、日本では「のれん償却」に関する会計ルールの見直しが進められており、今後のM&Aや事業承継の実務にも大きな影響を与えることが予想されます。
とりわけ、中小企業のM&A・事業承継においては、のれん償却が企業価値評価や価格交渉に影響するほか、買収後の利益計画や税務対応、金融機関との融資交渉にも密接に関わってきます。
譲受側(買収側)の企業は、のれん償却費を見込んだ利益計画や財務戦略の策定、およびクロージング後の償却方針の整備が重要です。
また、譲渡側(売却側)の企業は、のれん償却の見通しを踏まえたうえで、有利な企業価値評価・価格交渉を行うことが求められます。
こうした背景から、今後のM&Aや事業承継では、会計・税務の専門家との連携が不可欠であり、金融機関との事前調整や情報共有も一層重要となります。
また、制度改正の動向を常に把握し、それを踏まえた柔軟な対応が成功のポイントとなるでしょう。
当社では、のれん償却の最新動向を踏まえたM&A・事業承継のサポートを提供しております。
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